人生に本当に必要なモノは思っているよりもはるかに少ない。

どうも、断捨離大好きなjazziです。今日は突然ですがこんな話題。

人生に本当に必要なモノってなんだろう?そんな問いかけを自分にしてみました。

実はこの問いは私、jazziにとってはとても大きなテーマを内在しています。なぜなら私がこのブログを始めるに至ったきっかけも、断捨離を通して「人生に本当に必要なモノ」に気づいた経験から始まっているからです。

要するに私は、このブログを読んでいただいている方に断捨離を通して、人生に本当に必要なモノを見極めたり、より充実した豊かな生活を送って頂けたら…と思い、記事を書いています。

なので当ブログでは、どんな記事も断捨離と何かしら関係のある内容になっています。それほど私の生活の中には、「断つ」ことで、逆に不足感がなくなり、充実感を得たり、幸せや豊かさを体感した経験がたくさんあるんです。

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初めての強制的な断捨離は一人暮らし!?

考えてみれば、初めてその断捨離に近い感覚を得たのは、人生で初めて一人暮らしするために部屋を借りた時でした。

部屋は借りたものの、家具や電子機器やベットすら何もなかった私の殺風景な部屋を見た時、今まで暮らしてきた環境とは違い過ぎて、暮らしていけるのだろうか。と不安でした。ひたすら、家具や生活必需品を揃えなければ!欲しい!その感覚が湧いてきました。

ですが、ふたを開けてみるとびっくり。案外、その殺風景な部屋でも人は暮らしていけるものなんだと逆に驚いたくらいです。当時は間に合わせで、ニトリで買ったベットがワンルームの部屋にぽつんとあるだけでしたが、生活に全くと言っていいくらいに支障がなかったんです。これには自分でも本当に驚きました。笑

その時わたしは、人は寝る場所があって、雨や風をしのげる屋根や壁があるだけで生きていけるんだなあと漠然と感じた事を覚えています。当時の私には、快適に寝るためのふかふかのベットもあり、もう十分すぎると感じるくらいでした。今でいう、ミニマニズムというやつです。

断捨離で初めて得た充足感と幸せ

その後、私は生きていくために必要なものは、快適に寝れる場所、水とご飯、シャワーとタオルに歯磨き、着回しの出来るお気に入りの服数枚、そして心の繋がった家族と友達…さえ存在すれば、わたしは生きていけるものなのだと、家具等のモノを揃えきるまでの2カ月間で学びました。

本当に必要な選りすぐった必要なモノさえあれば、逆に、その必要なモノしかない生活でも充実感や満足感すらあることを知りました。寧ろ充実感や満足感は、それまでのモノに溢れた生活よりも何十倍にも感じられました。

朝起きてから、出社して、帰宅して、寝る。その生活は変わらないはずなのに、ただ漠然と幸せだなあと感じるようになったんです。

とはいう私も実は、実家暮らしのときは、部屋全体にモノが溢れかえり、人様にはとてもお見せできないような部屋に住んでいました…。笑
ですが、必要なモノが分かった一人暮らしを始めた以降は格段に、モノが減りました。服にしても、雑貨にしても生活用品にしても、コスメにしても何もかもです。

物理的には恐らく、私の以前の所有物の2割程度で生活しています。8割は断捨離によって、お別れしました。しかし、感覚的には、以前の10割で生活していた時よりも、モノの充足感が桁外れに違います。

必要なモノを「選りすぐる」選択がポイント!

断捨離はただ、捨てる。という行為なのではなく、「必要なモノを選りすぐる」という選択行為だと私は考えているので、その私の断捨離をクリアして、手元に残したモノたちは私にとっての選りすぐりの、とびきりのお気に入りです。だからこその断捨て離によって、充足感を得るのだと思います。

振り返ってみるとそれまでは、漠然とモノが足りないような感覚でした。それはきっとモノが溢れすぎて自分で把握できていなかったからだと今は思います。それが特に顕著に表れていたのが、洋服でした。買えども買えども、「着る服がない」と思い続けていました。

ですが、断捨離を通じてその不足感は充足感に変わり、満足感となりました。足りない感覚を、真逆にも思える断捨離で、満ちていると感じるようになるのは、何とも不思議で皮肉なものです。笑

皆さんがもし、なにかが足りない気がする。渇望感がある。漠然と充実感が不足しているように感じた際にはあえて、「断つ」ことで、充足感や、充実感、豊かさや幸せを感じることがあるやもしれません!

なかでも断捨離はまず洋服から、クローゼットから、整えることが私の個人的経験上、お勧めなのでその際は是非、他の記事もご参考下さい~!

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